進んで苦労する先に宝物がある
苦労は、
できれば避けたいものだ。
楽にできるなら、その方がいい。
苦しまなくて済むなら、それに越したことはない。
だが、長く仕事をしてきて思う。
本当に残っているものは、
自分から足を踏み入れた苦労の中にしかない。
同じ「苦労」でも、質が違う。
流れの中で背負う苦労は、
その場を乗り切るための体力を削っていく。
理由が自分の中にないと、
終わった後に残るのは疲れと空白だけになりやすい。
一方で、自分で選んだ苦労は違う。
逃げる道もあった。
避ける選択肢もあった。
それでも、あえてそちらを選んだ。
その「選んだ」という事実が、
あとになって自分の背骨になる。
進んで苦労するというのは、
無理をすることではない。
自分を追い込むことでもない。
楽な方ではなく、
納得できる方を選ぶ。
それだけの話だ。
うまくいかない時期もある。
結果が出ない時間もある。
周りに伝わらないこともある。
それでも、踏みとどまった場所には、必ず何かが残る。
残るのは、派手な成果だけではない。
技術。
判断力。
人を見る目。
そして、簡単には崩れない感覚。
それらは、誰かに渡されて手に入るものではない。
自分で選んで、積み上げた時間のあとに、
静かに身についていく。
宝物というのは、金や肩書きの話ではない。
どんな状況でも、
「自分は大丈夫だ」と思える感覚だ。
あの時も越えた。
今回も何とかできる。
そう思える根拠が、体の中に残っている。
その根拠がある人間は、
焦りに飲まれにくい。
流れに呑まれにくい。
言葉に振り回されにくい。
進んで苦労した経験は、表に出す必要はない。
語る必要もない。
ただ、判断の場面で必ず効いてくる。
迷いが出た時に、最後の一歩を支える。
楽な道を選び続けると、
いざという時に“重さ”に慣れていない。
一度止まった時、立て直し方が分からなくなる。
だが、一度でも
自分から苦労を選んだ人間は違う。
苦労を見ても、必要以上に怯えない。
越え方を知っているからだ。
それが、あとになって一番大きな差になる。
進んで苦労する先にあるのは、
成功そのものではない。
自分を信じられる根拠だ。
それが手に入るなら、
あの苦労も悪くなかった。
今は、そう思っている。

