情熱の尺度
情熱という言葉は、
声の大きさや勢いで語られがちだ。
熱く語る。
寝る間も惜しむ。
限界まで自分を追い込む。
それが情熱だと思われることが多い。
だが、現場に長く立っていると、
情熱の尺度はそこではないと分かる。
勢いは、誰でも出せる。
調子がいい時なら、なおさらだ。
本当に差が出るのは、
調子が悪い日、うまくいかない週、報われない月だ。
本当に情熱がある人間は、
自分でそれを語らない。
むしろ、情熱という言葉を使わなくなる。
情熱は、宣言ではなく習慣だからだ。
情熱は、続け方に出る。
誰も見ていない場所で、
同じ基準を守り続けているか。
結果が出ない時間にも、
姿勢が崩れていないか。
派手な一日より、地味な百日を選べるか。
称賛される仕事より、
誰にも気づかれない仕事を疎かにしないか。
そこに、本当の情熱が現れる。
情熱がある人は、感情に振り回されない。
熱くなりすぎず、冷めすぎもしない。
やるべきことを、
やるべき形でやる。
その精度を落とさない。
これは、一見すると淡々として見える。
だが、淡々と続けることほど、強い情熱はない。
燃え上がるのは一瞬でいい。
燃え続けるのが難しい。
だからこそ、価値がある。
情熱は、前に出る力ではなく、
踏みとどまる力でもある。
やめた方が楽な場面で、やめない。
手を抜いた方が得な場面で、抜かない。
崩しても誰にもバレない場面で、崩さない。
その選択を、
誰に見せるわけでもなく重ねていく。
情熱の正体は、
「やる気」ではなく「基準」だと思っている。
情熱の尺度は、熱量ではない。
持続だ。
どれだけ燃えたかではなく、
どれだけ消えずにいられたか。
今日も、特別なことはしない。
情熱を誇示せず、ただ、基準を守る。
それができているなら、
十分だと思っている。

