教わる側から、伝える側になって思うこと
若い頃は、ただ教わる側だった。
言われたことを覚えて、
真似して、失敗して、
それを繰り返す毎日だった。
正直に言えば、
当時は分からなかったことも多い。
なぜそんなやり方をするのか。
なぜそこまで確認するのか。
なぜ急がせないのか。
意味が分からないまま、
「そういうものだ」と受け止めていた部分もある。
だが今は、
仕事を教える側、伝える側の立場になった。
その立場に立ってみて、
ようやく分かったことがある。
教えるというのは、
正解を渡すことではない。
考え方と、判断の基準を渡すことだ。
作業の手順だけを教えても、
状況が変われば役に立たなくなる。
だが、
「なぜそう判断するのか」
「どこを見て決めているのか」
そこが伝われば、
多少条件が変わっても、自分で考えられるようになる。
昔、師匠がやたらと
理由を説明せずに
「まずやってみろ」と言っていた意味も、
今なら少し分かる。
頭で理解するより先に、
体で覚えた方が早いこともある。
その上で、
あとから意味がつながってくる。
教える側になると、
相手がどこでつまずいているか、
どこで迷っているかが、
よく見えるようになる。
そして同時に、
自分がどれだけ多くの人に
助けられてきたかも見えてくる。
今の自分の仕事は、
自分一人で積み上げたものではない。
誰かに教わり、
誰かに直され、
誰かに支えられて、ここまで来ている。
だから今度は、
自分が受け取ってきたものを、
次に渡す番なのだと思っている。
うまく伝えられない時もある。
言い過ぎてしまう時もある。
うまく任せられない時もある。
それでも、
伝えることをやめてしまったら、
経験はそこで止まってしまう。
教わる側から、伝える側になると、
仕事の見え方が少し変わる。
自分のためだけにやっていた仕事が、
誰かの土台になる仕事に変わっていく。
それは責任でもあり、
同時に、少し誇らしい感覚でもある。
今でも、
まだ教わっている途中だと思っている。
もちろん何歳になっても教えを乞う心構えではいたい。
だが同時に、
伝える役割も引き受けながら、
仕事を続けていきたいと思っている。
それが、
これまで受け取ってきたものへの、
一番正直な返し方だと思うからだ。
