任せられる人間とは
任せられる人間とは何か。
技術がある人間か。
知識が豊富な人間か。
現場をやってきて分かったのは、
そんな単純な話ではないということだ。
技術も知識も、もちろん必要だ。
だが、それは「入口」に過ぎない。
任せられるかどうかを決めるのは、別のところにある。
技術があっても、任せ方に迷う人はいる。
直せる力があっても、任せる側が判断できる材料が揃わない。
説明が要点にまとまらず、前提が共有されないまま話が進む。
状況の更新が遅れたり、表現が揺れたりして、受け手の理解にズレが生まれる。
確認したいポイントに対して返答が後回しになると、現場の見通しが立ちにくくなる。
そうなると相手は、内容以前にこう感じる。
「いま、何が起きていて、次に何が起きるのかが見えない」と。
見えない状態は、不安を生む。
不安は、判断を遅らせる。
判断が遅れるほど、選択肢は狭まり、背負う責任だけが重くなる。
だから人は、本能的に距離を取ろうとする。
逆に、特別なことは言わないが、
状況を正確に伝えてくる人がいる。
「今こうです」
「原因候補はこれです」
「現時点で確定している事実はここまでです」
「ここがリスクです」
「次はこう動きます。時間はこれくらいです」
「止める判断が必要なら、今ここです」
その言葉があるだけで、相手は判断できる。
判断できるということは、主導権が戻るということだ。
主導権が戻れば、不安が減る。
不安が減れば、現場が落ち着く。
落ち着けば、被害が最小になる。
任せられるとは、
“安心させる”ことではない。
“判断できる状態をつくる”ことだ。
任せられると思われる瞬間は、
成功した時ではない。
問題が起きた時だ。
むしろ現場は、問題が起きるのが普通だ。
想定外は必ずある。
イレギュラーがゼロの仕事など、ほとんどない。
だから相手が見ているのは、
「ミスをしない人間か」ではない。
ミスをした時に、どう振る舞う人間かだ。
言い訳をせず、
事実を整理し、
責任の所在を曖昧にせず、
どう立て直すかを先に提示する。
ここで誤魔化したり、話を逸らしたり、
連絡が途切れたりすると、信頼は一瞬で崩れる。
逆に、ここで逃げずに向き合える人は強い。
人は、完璧な人を信用するのではない。
崩れた時に、戻し方を知っている人を信用する。
任せられる人間になるのに、特別な才能はいらない。
必要なのは、二つだけだと思う。
一つは、逃げない姿勢。
もう一つは、相手の判断を助ける誠実さ。
誠実さは、優しさではない。
耳あたりの良い言葉でもない。
不利な事実を先に出せること。
確定していないことを、確定と言わないこと。
分からないなら、分からないと言えること。
そのうえで、次の一手を示すこと。
それができる人は、強い。
なぜなら、現場は「正しさ」よりも先に、
「進め方」を求められるからだ。
自分は、凄い人にはなれない。
誰よりも頭が切れるわけでもない。
才能で圧倒するタイプでもない。
だが、任せていい人間であり続けたい。
任せていい人間は、
信頼を勝ち取るのではなく、信頼を積み上げる。
派手な成果より、地味な報告。
一発の成功より、崩れた時の立て直し。
その積み重ねでしか、信用は増えない。
それだけで、
仕事は静かに、確実に続いていく。

