あれから4年

父が、15日に76歳になった。

京都に親が住んでいるため、なかなか会えない。
会おうと思えば会えるのに、日々に追われていると、距離は簡単に“理由”になってしまう。
誕生日みたいな節目が来ると、そのことが急に胸に刺さる。

4年前、父は小腸ガンで余命1ヶ月になった。
がんが急速に悪化した。
そのスピードに、こちらの気持ちも体も追い付かなかった。
「え? そんなに?」という感じで、状況が一気に変わっていった。

病院で示された選択肢は3つだった。

抗がん剤をする。
抗がん剤をすると、細胞が破裂して死ぬ。

手術をする。
ただ、手術は回復スピードが追い付かない。

延命治療のみ。

どれを選んでも簡単じゃない。
“やれば助かる”なんて話ではなかった。
その3択に対して、父は手術を選んだ。

私も滋賀の総合病院へ駆けつけた。

手術前に初めて父と握手をした。
手術は12時間。
待っている側は、本当に何もできない。
時計を見ても、進んだ気がしない。
祈るしかない時間が、ずっと続く。

12時間の手術の末、父は無事に戻ってきた。
その瞬間、力が抜けた。
安心なのか、怖さが遅れて来たのか、自分でもよく分からなかった。

普通の人なら確実に死んでいただろう。
それくらいの状況だったと思う。
両手いっぱいの大きさの腫瘍。
たまたま医者の腕が良かったため、人工肛門すらつけずに済んだ。

しかも父は、余命1ヶ月と診断される前の月に、2度もフルマラソンを走っていた。
今思い返しても、意味が分からない。
でも父は、そういう人だ。
体力も気力も、普通じゃない。

手術翌日、リハビリと言ってスクワットをしてたらしく、医者がびっくりしていた。
父らしいと思ってしまった。
「生きる」って、こういう力なんだろうなと。

そこから今度は、35日間絶食し、抗がん剤治療も行った。
あんなタフな父がしんどそうにしていたのを見て、がん治療のきつさを知った。
強い人でも、きついものはきつい。
頑張れなんて軽く言えない、そう思った。

そして今、父は普通に生活できるほどに回復した。
“普通”って、こんなにありがたいんだなと思う。

76歳。
元気でいてくれていること自体が、もう十分すごい。
距離があるからこそ、ちゃんと会いに行こうと思う。
また「そのうち」で流したくない。